2018年1月7日日曜日

「少女像」があるべきところ

私が最も尊敬する韓国人のお一人、金鐘哲氏(評論家で詩人)の御論考「韓国の『ロウソク革命』の中にいて」については、昨年9月にこのブログで紹介させていただいた。今回は、金氏が、最近、『ハンギョレ新聞』に書かれた「慰安婦問題日韓合意」に関する評論を、ご子息の金亨洙氏が日本語に訳されたものを、金氏の御許可を得て紹介させていただく。
戦争犯罪を研究テーマにしている歴史家として私が常に思っているのは、戦争犯罪の「罪と責任」の問題は、根本的には、加害者側が被害者側に人間としてどのように向き合うかということだ。金氏が言われるように、慰安婦問題は決して条約や合意の遵守といった外交的原則や国益などの次元をもって論じ得るテーマではない」のであり、まさしく「これは韓国人、中国人、日本人を問わず人間らしく生きることが如何なるものであるかについて思考する能力を持つ全ての人間の共通の関心事でなければならない」のである。性奴隷という戦争犯罪による人権侵害は、「人道に対する罪」という普遍的な問題であって、このことを無視して、金銭で被害者の国の政府を黙らせようとするような非道なやり方では、問題は解決しないどころか、ますます泥沼化していくのは当然なのである。こんな明瞭なことも理解できない愚鈍な政治家が首相となっている国の国民は、まことに不幸としか言いようがない。
「少女像」があるべきところ
金鐘哲 (『緑色評論』発行人)
<金亨洙 訳>

日韓の両政府が妥結したと言っていた201512月の所謂「慰安婦問題に関する合意」というのが、とんでもないデタラメであることが明らかになった。去る1227日特別検証チームが発表した調査結果をみると、それは政府間の正当な合意というより、安倍政権の根本的な非道徳性と朴槿恵政権の極端な無責任と愚かさが相まって生じた外交的惨事であったに違いない。
それなのにこの検証結果が発表されるや否や、日本政府はもちろん日本の主要メディアまでもが一斉に非難と憂慮の声を上げた。政府間の約束は守るべきであり、韓国は今になってガタガタ言わずに合意に伴う事項の履行に徹するべきだという主張である。なかには - トランプのパリ気候協定の脱退については一言も言わなかったくせにして - 韓国に対しては「未開な行いはやめて国際的なルールをきちんと守れ」とまで、無礼な言葉を発する媒体もある。そして安倍総理は「一ミリも動かない」と、極めて乱暴な言葉を用いながら不快感をあらわにした。
そこで驚くべきは韓国のいくつかの「保守派」メディアも日本のマスコミと似た反応を示したことである。例えば、こうだ。「それに大きな問題は経緯調査の名の下で外交上超えてはいけない線が守られていなかったという事実である。30年の期間をもって秘密とされるべき外交文書が2年で公開されてしまった。これから文在寅政府はもちろん、今後の全ての政権にとって大きな外交上の負担となるのは間違いないだろう。日本は言うまでもなく、いったいどの国が韓国政府を信じて秘密の取引を行おうとするのだろうか。」(『中央日報』社説、20171228日付)
このような憂慮に一理あるのも否定できない。「秘密の取引」を公開してしまった結果、以後の韓国の外交能力に支障が生じる可能性が全くないと断定することはできないからである。(しかし、国家間の交渉は基本的に互恵原則に依拠するものであること、そして政府間の「秘密」というのも多くの場合、民衆の意思とはかけ離れた権力者同士の話にすぎないということも忘れてはならない。)ところが、残念なことに、「保守派」メディアが、意図的であろうがなかろうが、完全に看過している事実がある。つまり、慰安婦問題は決して条約や合意の遵守といった外交的原則や国益などの次元をもって論じ得るテーマではないということである。
簡略に述べると、「慰安婦問題」というのは国家権力が何の罪もない女性たちを強制的かつ組織的に動員し、戦場の「性奴隷」とし、その女性たちの一度だけの生涯を徹底的に踏みにじった、 極端な反人倫的蛮行に関わる問題である。したがってこれは被害当事者だけではなく、この世を人間として生きていくためにも必ず解決していかねばならぬ、我々皆の問題だといっても良い。人間らしく生きるための共同体が成立するには物理的な土台だけでは不十分なのだ。それより根本的なのは共同体の道徳的・倫理的土台である。
慰安婦問題の解決は結局この倫理的な土台を、遅まきながらも復元しようとするものである。したがってこれは日韓の間の単なる外交問題でもなければ、謂わば国益に関わる問題でもない。これは韓国人、中国人、日本人を問わず人間らしく生きることが如何なるものであるかについて思考する能力を持つ全ての人間の共通の関心事でなければならない。東アジアから遠く離れた米国のサンフランシスコに慰安婦を念う「少女像」が建てられたのもまさにこのような普遍性のためである。
しかしながら日本はこの事実を直視しようとしない。未だ国家主義の迷妄にとらわれている人たちは論外にしても、常識的に見える人でさえもこの問題に関しては、不思議にも、退嬰的な態度を示している。彼らはこういう。「ドイツのように日本も戦争で被害を受けた隣国に対して潔く謝罪すべきといった主張もあるが、ドイツと日本は状況が根本的に異なる。ドイツが謝罪したのはユダヤ人に対する大虐殺である『ホロコースト』のためであり、戦争を起こした責任のためではない。歴史上戦争を起こしたとして謝罪した国はない。」そして戦争責任について発言する数少ない知識人でも、植民地支配に言及することはほとんどない。英国がインドに対する植民地支配について謝罪したことがあるのか、というのが彼らの論理である。その上、今日の日本はナショナリズムからはすでに脱しているのに、韓国や中国は未だナショナリズムという「非合理的な」情緒的監獄に閉じこめられていると、軽蔑な口調で話す日本の知識人も少なくない。
そして彼らは絶えず言う。もうやめましょうと、いつまで過去に囚われているのかと。真の意味において一度も謝罪したこともなく、またきちんとした歴史教育も行なっていないのに、そういった状況のもとで東アジアの国家間協力と連帯が可能だとも思っているのだろうか。一時期「東アジア共同体」というアイデアが日韓の知識人の間で流行ったことがあった。勿論ヨーロッパ連合を念頭においた発想だったが、EUの実現に決定的だったのは自らの歴史的な過ちを素直に反省したドイツ人たちの謙虚な姿勢にあった。慰安婦問題がこのように未解決のままなのは、結局自分たちには謝罪すべき過ちなどないという日本人の傲慢さによるものであろうが、そのような歪んだ感情の構造をそのままにして東アジアの国々の善隣関係を夢見てもそれは無駄である。
事実、慰安婦問題に関連して日本側の根本的な態度の変化がない限り韓国政府にできることはあまりないようにみえる。今韓国のメディアは文在寅政府の賢明な対応を求めているが、自らの歴史における、聞きたくない、見たくないこと全てをなかったことにしようとする、非常に浅い精神世界をもつ人たちと、いったいどのような対話あるいは交渉が可能なのだろうか。実際に今の日本の学校では近現代史をほとんど教えておらず、日本の高校卒業生のなかでも朝鮮半島が如何にして分断されたのか、その経緯を理解する若者はほとんどいないらしい。「少女像」問題もそうである。合理的に考えればナチス・ドイツによる犠牲者を追悼する追悼碑が現在ベルリンの中心部に建てられているように、慰安婦関連の「少女像」もソウルや釡山ではなく東京や大阪にあるのが自然で当然だと言えよう。しかし最近サンフランシスコの少女像設置に反発して大阪市長はサンフランシスコとの姉妹都市関係を破棄すると宣言したそうだ。
今年はちょうど明治維新150周年にあたる。明治維新はそもそも「薩長」の武士達が起こしたクーデターであった。そのため政治的正当性の欠如という危機を乗り越えるために彼等が急造したのが天皇制国家主義、そして「征韓論」という名のもとで実行された朝鮮侵略と支配であった。その結果朝鮮半島はもちろんアジア全体において草の根民衆の生活は長い間残酷に蹂躙され、歪んでいた。そしてその後遺症は実際に今でも続いている。(在日朝鮮人歴史学者キム・ジョンミは 日本が植民地支配と戦争に対してきちんとした謝罪を行わない重要な理由として、謝罪とそれに伴う補償ないし賠償が行われることになれば、それは現在の日本の経済力では担いきれるものではないという点を挙げている。それほど日本帝国主義が犯した蛮行が多大で広範なものであったことを意味する。)
日本の知識人の多くには、日本によるアジア侵略と反人倫的蛮行には歴史的に不可避な側面があったと説明する傾向がある。しかしそのような論理は、歴史というのは結局人間が作り上げていくものであり、したがって人間自ら責任を負わねばならない問題であることを、無視してしまう論理だと言える。我々が慰安婦問題に関して日本の歴史的責任を問い続けているのは、ナショナリズ ムからでも、また国益のためでもない。それはただ、人倫を忘却した生は人間らしい生ではないと思っているからである。(同じ論理に基づいて、私達はベトナムにて犯した韓国の歴史的な過ちについても、素直にそして徹底的に反省しなければならない。)
(『ハンギョレ新聞』コラム、201815日付)

2017年12月19日火曜日

2017 End of Year Message


2017年末メッセージ(日本語版は英語版の後をご覧ください)

I presume that ten or twenty years later we would look back year 2017, clearly recognizing this year as the crucial moment for the change of the fate of the Japanese people as well as many people in the world. Both Japanese Prime Minister Abe Shinzo and the U.S. President Donald Trump are recklessly driving their policies of destroying “truth” with many lies and deceptions. It is my belief that they are the worst combination of untruthful politicians in the whole history of the U.S.-Japan relationship. We ought to ask ourselves why we have failed to put a stop to such an atrocious situation and how we should tackle it. I am becoming more and more pessimistic and think that it may be too late to counteract this dreadful world trend. However, I would like at least to share with you the following words on “truth, freedom and peace” by German philosopher and psychiatrist Karl Jaspers (1883 – 1969):          

Peace is possible only through freedom, freedom only through truth. Hence, untruth is the actual evil destroying all peace: Untruth from cover-up to blind neglect, from lies to mendacity, from thoughtlessness to doctrinaire truth-fanaticism, from untruthfulness of the individual to untruthfulness of the public sphere.
The final word remains: The condition of peace is the shared responsibility of each individual’s way of life in truth and freedom. The question of peace is not primarily a question to ask of the world, but rather for each to ask of oneself.”
(From ‘Truth, Freedom and Peace’ by Karl Jaspers)

I would also like to share with you the most recent work by Michael Leunig, a poet and cartoonist living in Melbourne, who always tries to reveal the truth of human beings and nature through his genuinely warm and kind thoughts. He is one of few Australians whom I truly admire. Its title is “wish list”.
 
I end this year’s message with the following three pieces of music that I like very much.

1)St Matthew Passion (BWV 244) by J.S. Bach

Performed by the Netherland Bach Society

With Sato Yusuke (violin) and Tim Mead (alt)

https://www.youtube.com/watch?v=Zry9dpM1_n4


2)Ave Maria composed by Tõnis Kaumann
Estonian vocal ensemble Vox Clamantis, of which Kaumann is also a member.

3)Cascading Water Fall (Takiochi) anonymous
Played by Riley Lee, a shakuhachi grand master who lives in Sydney, Australia

With best wishes,
Yuki



2017年末メッセージ
今年、2017年という年は、10年〜20年後に振り返ってみるなら、日本にとっても世界にとっても、私たちの歴史的運命を決定づけた重要な年であったことに痛切に気がつくのではないかと私は思っています。虚偽と欺瞞という不真実に満ちた腐敗政治をがむしゃらに推し進める日本の首相・安倍晋三と米国大統領ドナルド・トランプ、この「不真実政治家コンビ」は、日米関係のこれまでの歴史で最悪の組み合わせです。こんなひどい状況を作り出してしまった原因を、しっかり問い詰め、対処方法を考えないといけないのですが、実はもう遅すぎるのではないかと私は恐れている今日この頃です。せめて、不真実で満ち満ちたこの今の状況を考えるために、ドイツの哲学者/精神科医カール・ヤスパース(1883〜1969年)の次のような言葉を噛みしめながら、年末を迎えたいと思っています。

「平和は自由によってのみ可能であり、自由は真実によってのみもたらされる。したがって、不真実は本的にであり、あらゆる平和の破原因である。隠蔽から盲目的無関心に至るあらゆる不真実、虚偽から不正直までのあらゆる不真実、思考しないことから狂信的原理信仰までのあらゆる不真実、個人の不真実から公的場面までのあらゆる不真実、それらの全ての不真実である。最終的に言えることは、次のようなことである。平和は、真実と自由に対する諸個人の責任を、日常生活の上でどう皆で共同して取っていくかにかかっている。平和の問題は、本来は世界の状況に関して問いかける性格のものではない。それはむしろ、各人が自分のあり方に関して問うべきものである。」(カール・ヤスパース「真実、自由と平和」1958年講演からの抜粋 拙訳)

いつも優しい心で人間と自然の真実に迫ろうとする作品を産み出している、メルボルンの詩人で漫画家 私が最も尊敬する数少ないオーストラリア人の一人マイケル・ルーニッグの最近の作品「願いごと」も紹介しておきます。
 
「願いごと

精神的な健全さ、美しさ、やさしさ、思いやり
欲しいと思うなら、どれもみな簡単に手に入る大切なもの
気持ちのこもった寛容さ、耐え忍ぶ心と安らぎ
鶏、ムクドリ、アヒルとガチョウ
木々と花々、草と種
手と足と色鮮やかなビーズ玉
茶碗に入ったお茶、遠くから聞こえてくる鐘の音
山の上の浮雲、それに美味しそうな料理の匂い
庭のなかの小さな細道と、そのそばに置かれた木製の椅子
精神的な健全さ、美しさ、やさしさ、思いやり」
(拙訳)

そして最後に三つの私の好きな音楽です:
1)ヨハンセバスティアンバッハ作曲「マタイ受難曲」BWV244
オランダ・バッハ協会演奏、バイオリニストは佐藤俊介
歌っているのはイギリスの男性アルト歌手ティム・ミード

2)アヴェ・マリア
エストニアの作曲家トニス・カウマンTõnis Kaumann作曲
エストニアのヴォーカル・アンサンブル、ボックス・クラマンティスVox Clamantisの合唱(カウマンもメンバーの一人)

3)瀧落(たきおち)作曲者不明
演奏者:シドニー在住の中国系アメリカ人、ライリー・リー(大師範)

静寂で平穏なクリスマスと新年をお迎えください。

2017年12月12日火曜日

「2017年広島日韓関係シンポジウム」黒田発言批判声明文


「2017年広島日韓関係シンポジウム」における黒田勝弘(元産経新聞論説委員)発言に関する批判声明文

韓国語版は下記アドレスでダウンロードできます

  2017年3月24日、広島国際会議場「ダリア」にて、韓国の世宗研究所と韓国国際交流財団が主催し、広島市立大学広島平和研究所と駐広島大韓民国総領事館の後援による、「2017年広島日韓関係シンポジウム」が開催されました。このシンポジウムには、一般市民も参加を呼びかけられ、日韓関係諸問題について市民にも問題意識を強め知識を深めてもらいたいという目的が含まれていたように思われます。そのような趣旨に応える形で、私たち「日本軍『慰安婦』問題解決ひろしまネットワーク」事務局からも、2名のメンバーが傍聴しました。

黒田勝弘氏発言の問題点

  シンポジウムの第2部として行われた「ラウンド・テーブル討論」には、日韓両国側から学者やジャーナリスト数名が登壇者として招かれ、発言を行いましたが、そのうちの一名は元産経新聞論説委員の黒田勝弘氏でした。その発言内容には、以下のような2つの重大な問題があると私たちは考えました。
1)自己紹介で自分と広島とのつながりを説明する場面で、黒田氏が「女房も『現地調達』した」と発言したこと。
  その発言を聞いた途端、傍聴した私たちのメンバーは、その酷さに驚かざるをえませんでした。「自分の配偶者(そして女性一般)をモノ(道具)扱いにした」発言だと受け取りました。後日、この報告を受けた「日本軍『慰安婦』問題解決ひろしまネットワーク」事務局のメンバーも全員、黒田氏のこの発言は重大であると感じました。この「現地調達」という言葉は、アジア太平洋戦争(1931〜45年)中、日本軍が侵略戦争を展開する中で戦略上の必要から、食糧及び「慰安婦(=日本軍性奴隷)」を「現地調達=略奪/強制連行」した行為を指す軍事用語として頻繁に使われたものです。この「現地調達」は、文字通り、アジア太平洋各地で日本軍が行った非道な戦争犯罪行為であり、その最も残虐なものが主として中国の華北地域で行われた「三光(殺し、焼き、奪いつくす)作戦」でした。
  すなわち「現地調達」の過程で、しばしば住民殺害が起こり女性に対しては性暴力が振るわれたのです。いわゆる「慰安婦」と呼ばれた女性たちは、日本人や当時日本の植民地であった朝鮮半島や台湾からアジア太平洋地域に送りこまれた女性たちだけではありません。中国、フィリピン、インドネシア、マレーシア、東ティモール、ニューギニアや南太平洋の島々の多くの女性たちが、文字通り「現地調達」されて日本軍によって各地に設置された「慰安所」に連行され、日本軍兵士たちの性奴隷として、自由を奪われ性の相手を強要され、反抗すると軍刀等も使った暴力を受けるという、言語に絶する苦しい経験を長期間にわたって強制されたことを考えてみてください。こうした事実に思いを馳せるならば、冗談にも「女房を現地調達した」などという表現をすることが、どれほど女性の人権を無視しており、戦争被害者を侮辱しているのかは一目瞭然です。発言者である黒田氏の恥ずべき女性観と歴史的知識の無さを明らかにしています。
  戦後日本がアジアに経済進出をしていく中で、また観光旅行の行く先々で女性を自分の性欲のはけ口として扱い、「現地妻」や「買春観光」という言葉も生まれましたが、この発言は、女性ならびに女性の性が道具として扱われていることを示すものです。特に「慰安婦」問題が討論の一つになる席での発言として、人権意識、女性の人権に対する認識のなさを披瀝するという驚くべきものでした。
  国連の女性差別撤廃条約が発効し、1995年北京で開催された世界女性会議で「女性の権利は人権です」と明言され、女性の人間としての権利の確立と女性に対する暴力や差別の撤廃に努力している国際社会だからこそ、今なお日本軍「慰安婦」問題のまっとうな解決が世界から求められ、「平和の碑(いわゆる少女像)」の建設が続いているのです。そのことを直視できないでいる日本社会の現実の一端がこの発言に如実に現れていると私たちは考えます。
  国連の人権条約に基づく拷問禁止委員会は、数年おきの報告書の中で毎回「慰安婦問題」をとりあげ、日本政府の対応を厳しく批判してきました。今年5月にもまた、その報告書の中で2015年末のいわゆる日本軍「慰安婦」問題に関する日韓政府間「合意」について触れ、「被害者に対する補償や名誉回復、真相解明、再発防止の約束などについては十分なものとは言えない」と指摘しています。その上で、被害者への補償と名誉回復が行われるよう日韓両国は合意を見直すべきだと述べ、事実上、合意について再度やり直すべきだと勧告しています。ところが日本政府は、「日韓合意」で10億円を払う代償に、これ以上、韓国は「慰安婦問題」には触れないこと、しかも「日韓合意」の内容には含まれていない「平和の碑」撤去まで安倍政権は韓国政府に要求しましたし、今も同じ要求を迫り続けています。これはつまり、10億円で「韓国人慰安婦」に関する記憶を抹消すること、「被害者」を私たちの記憶から抹消してしまうことを意味しており、国連拷問禁止委員会が勧告している「被害者に対する補償や名誉回復、真相解明、再発防止の約束」とは全く逆の、無責任極まりない、人道にあからさまに反する要求です。
  日本政府がこのような恥ずべき外交政策を取っていることに日本の多くの政治家や市民が疑問を呈しないという社会背景には、黒田氏のような「女性蔑視感」と「歴史認識の欠落」が異常であるとは思われていないという、日本社会独自の由々しい問題があります。したがって、黒田氏の発言は、一ジャーナリストの個人的な無知と偏見として済ませるような単純な問題ではありません。彼の発言は、現在の日本社会の様々な面に深く刻み込まれている「女性蔑視感」と「歴史認識の欠落」という、2つの重大な問題をまざまざと露呈しているものであるということ、この事実を私たちは明確に認識しておく必要があります。このような社会状況を一般市民に知ってもらい改善するように努力することも、「日本軍『慰安婦』問題解決ひろしまネットワーク」の社会的責務であると、私たちは強く感じています。
  シンポジウムの登壇者が全て男性であり、しかも日韓関係史を専門とする歴史家が一人もいなかったことに、もともと問題性を感じていましたが、「現地調達」という表現を使った黒田氏に苦言を呈する人が一人もいなかったことに、私たちは強い憤りの念を禁じえません。
2)「在韓/在外被爆者が被爆者手帳を持っているのは、日本政府の支援の結果である」という内容の発言をしたこと。
  このシンポジウムでは、広島での開催ということで当然のことながら、原爆被爆の問題、特に在韓被爆者への援護の問題も話題に上がりました。黒田氏はこの問題にも触れて発言し、ここでも、厚顔無恥にも、次のように自分の決定的な「歴史的知識の欠落」を露呈しました。すなわち、「日本政府からの支援があって在韓被爆者は被爆者手帳を持っている」のであり、「日本政府や日本人、広島からの支援があったことを陜川で計画中の資料館に明記すべき」であると述べただけではなく、「韓国の関連施設や資料館は(日本政府に対して)糾弾調である」とも非難しました。つまり、在韓被爆者と韓国人は「日本に感謝すべきであって、苦情を言うな」という意味の主張をしたわけです。
  私たちが在韓被爆者問題を考える上で、決して忘れてはならない2つのことがあります。第1に、当時、なぜそれほどまで多くの朝鮮人が広島・長崎に在住していたのかということです。すなわち、日本による植民地化と統治政策の結果として土地や生活の糧を奪われたがゆえに、過酷な労働条件のもとでも日本で働かざるをえないため、朝鮮半島の多くの人たちが広島・長崎にもやってきたこと。彼らとその子どもや孫たちの多くが、米国の原爆無差別大量虐殺の被害者となったという、その歴史的背景です。さらには、犠牲者の中には軍属徴用や強制連行という形で広島・長崎に無理やり連れてこられた人たちもいました。その結果、合計4万人あまりの朝鮮人が原爆無差別殺戮の犠牲者となり、3万人ほどが被爆者となって生存し、そのうちの2万3千人ほどが戦後まもなく帰国しました。この人たちは、日本による植民地化と米国の原爆無差別大量殺傷という二重の被害者であったということを、私たちは決して忘れてはなりません。こうした歴史的背景には、当然ながら、原爆無差別大量殺戮を犯した米国政府のみならず、日本政府にも法的・倫理的責任があることは言うまでもありません。
  第2に、もともと日本政府は被爆者援護制度に様々な条件をつけ、長年にわたって国外在住者を援護策から排除してきたという事実を指摘しておく必要があります。在韓/在外被爆者が日本政府を相手にいくつもの裁判闘争を経て勝ち得た援護策は、被爆者自身のたゆまぬ努力と、彼らを長年にわたって支援してきた日本市民グループ、とくに「韓国の原爆被害者を救援する市民の会」の、地道な活動があってこそ実現したという事実です。そうした苦しい裁判闘争と市民運動の結果、ようやく韓国国内で被爆者手帳が申請できるようになったのは2010年からであり、医療費の支給が全面的に認められたのは2015年からでした。その間、多くの韓国人被爆者たちが病気と生活苦の中で亡くなっていかれました。「被爆者はどこにいても被爆者」という名言は、裁判を闘われた多くの韓国人の一人、郭貴勲さんの言葉です。韓国の資料館に明記すべきは、こうした厳然たる歴史事実であって、黒田氏が主張するような「虚妄の歴史」であってはなりません。
  日本による朝鮮半島の植民地支配、韓国人被爆者差別という歴史を捨象したままの日韓間の課題に関する討論は、砂上の楼閣を論ずるようなもので未来のビジョンを指し示そうという目的達成には程遠いと思います。この点からしても、黒田氏のみならず、黒田氏の発言にほとんど疑問を持たなかったその他の講師の選任にも大きな問題があったと、私たちは強く感じている次第です。同じラウンド・テーブル討論の登壇者の中には、韓国人を含む在外被爆者問題について詳細な知識を持っていてしかるべき地元の『中国新聞』の論説委員も含まれていました。ところが、この論説委員も黒田発言についてはなんの反論もしませんでした。いかに「有識者」と称される人たちであれ、関連の歴史的背景について十分な知識をもたない人たちが、上記のような歴史的背景と複雑に絡んでいる現在の日韓関係問題について、正確且つ鋭利な分析ができるはずはありません。
公開質問状とそれに対する回答について
  シンポジウムに対して私たちが持った以上のような深い疑念から、私たち「日本軍『慰安婦』問題解決ひろしまネットワーク」は、主催組織である世宗研究所と韓国国際交流財団、後援組織である広島市立大学広島平和研究所と駐広島大韓民国総領事館の全てに対して、2017年4月10日付で公開質問状を送りました。この質問状で、黒田氏がどのような考えで上記のような問題発言をされたのか、またシンポジウムを主催・後援された諸団体が、そうした発言についてどのように考えられ、その後、どのように対応をされたのか。さらには、講師選択で問題があったとは思われないのか、などについて問合せました。(ちなみに、この質問状には以下の5つの組織が賛同団体として参加しています。教科書問題を考える市民ネットワーク・ひろしま、第九条の会ヒロシマ、ピースリンク広島・呉・岩国、Little Hands、日本基督教団西中国教区性差別問題特別委員会)
  主催組織である世宗研究所と韓国国際交流財団からは回答があり、回答に対して私たちがさらなる質問をするという形での交流がありました。その結果、主催の両団体は、黒田氏の発言に問題があり、彼を発言者として選んだことも間違っていたことを基本的には認められました。戦争被害者問題を取り扱う上で、今後、両団体が被害者の人権をあくまでも守る方針を堅持されることを祈ってやみません。

  しかしながら、後援組織の一つである駐広島大韓民国総領事館からは、「質問状にどのように対応すべきかとまどっている」という内容の電話応答があったのみで、その正式な回答をいまだ受け取っていません。韓国人の戦争被害者の人権に関わる問題に関する私たちの真摯な質問に関して、自国の戦争被害者の人権を守る義務がある韓国政府の駐広島大韓民国総領事館が、その正式な姿勢を1日も早く表明されることを私たちは切望いたしております。

  もう一つの後援組織である広島市立大学広島平和研究所からは、質問状に対する回答への私たちからの再度の要求にもかかわらず、全く応答がありません。後援組織とはいえ、シンポジウムでは研究所准教授の孫賢鎮氏が総合司会及び進行役を務め、第一部の司会を研究所所長である吉川元氏が務めるという形で深く関わった広島平和研究所が、このような重大な発言内容に関する質問状を無視し続けていることに対して、私たちは極めて遺憾に思っています。

  あらためて言うまでもなく、日本における「日本軍性奴隷(いわゆる「慰安婦」)」問題や「韓国人被爆者」問題の取り扱い方は、いまや国際的な注目を集めており、国連人権関連諸委員会や海外の多くの人権団体が注目していることは周知のとおりです。平和研究・教育方針を強く国内外で強調している広島平和研究所が関わったシンポジウムで、この2つの問題に関して重大な発言があり、それに関して質問状を受け取っているにもかかわらず、無視し続けていることは、広島平和研究所ならびにその母体である広島市立大学の国際的信頼性そのものを崩壊させることにつながるであろうと私たちは深く懸念します。広島平和研究所が、「日本軍性奴隷(『慰安婦』)」と「韓国人被爆者」という戦争被害者の人権を守るために、また、正義と公正の実現を求めて活動を続ける市民のために、平和と正義への堅固な信念と勇気をもってこの問題の処置に当たられることを私たちは強く望みます。 

2017年12月10日

日本軍「慰安婦」問題解決ひろしまネットワーク
共同代表 足立修一 田中利幸 土井桂子
連絡先住所:730-0036 広島市中区袋町6-36
合人社ウェンディひと・まちプラザフリースペース気付メールボックス132
FAX:082-923-6318(土井)


<賛同団体>
アイ女性会議広島県本部
アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)
「慰安婦」問題解決オール連帯ネットワーク 
川崎から日本軍「慰安婦」問題の解決を求める市民の会
韓国の原爆被害者を救援する市民の会・広島支部
教科書問題を考える市民ネットワーク・ひろしま
日本コリア協会・広島
在日の慰安婦裁判を支える会
市民運動交流センター(ふくやま)
スクラムユニオン・ひろしま
ZENKO(平和と民主主義をめざす全国交歓会)・広島
戦争と女性の人権博物館(WHR)日本後援会
「戦争と女性への暴力」リサーチ・アクションセンター(VAWW RAC
第九条の会ヒロシマ
多摩ほうせんか
東北アジア情報センター
南京大虐殺60ヵ年広島県連絡会
日本キリスト教団日本軍「慰安婦」問題の解決をめざすプロジェクトチーム
日本キリスト教団北海教区性差別問題担当委員会
日本軍「慰安婦」問題解決全国行動
日本軍「慰安婦」問題解決のために行動する会・北九州
日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワーク
日本軍「慰安婦」問題の解決をめざす北海道の会
日本軍「慰安婦」問題の早期解決を求める奈良ネット
日本軍「慰安婦」問題を考える会・福山
念仏者九条の会
ピースリンク広島・呉・岩国
広島県教職員組合
広島宗教者平和協議会
ひろしま女性学研究所
フィリピン人元「従軍慰安婦」を支援する会
フィリピン元「慰安婦」支援ネット・三多摩 (略称 ロラネット)
みどり福山
Little Hands

(2017年12月10日現在 34団体)

2017年11月26日日曜日

International Day for the Elimination of Violence Against Women and the Bird Girls Exhibition


「女性に対する暴力撤廃国際デー」と『<鳥と女性>展覧会』
 (日本語の説明は英語説明の後をご覧ください)

Last Saturday, November 25, was International Day for the Elimination of Violence Against Women (http://www.un.org/en/events/endviolenceday/ ), and various events on the theme “violence against women” are now under way all over the world until December 10. For example, a large gathering of people holding candlesticks was held in Seoul on the evening of November 25, commemorating the Korean victims of Japanese military sex slavery. Concurrently similar events were also conducted in Tokyo, Hiroshima, and many other places in Japan.     

Needless to say, “violence against women” is not just a problem of the past: it is still happening, literally every day, in many places in the world. It is my belief that the recent upsurge of violence against women in our so-called civilized daily life is deeply inter-related to the current ongoing armed conflicts and terrorist attacks happening in many parts of the world.  

Recently in Japan, a horrific crime was revealed: within the short period of three months between August and October this year, a 27 year old man murdered eight young women and a boy, who was believed to be a boyfriend of one of those female victims. He dissected the bodies of all his victims and kept them in coolers in his apartment. This shocking series of events reminds us of one of Grimm’s gruesome Fairy Tales, Bluebeard, originally written by Charles Perrault. In this story a rich man nicknamed “Bluebeard” married many times, killing his wife each time in order to remarry. He kept the dead bodies of those women in a small room in the basement of his mansion. When a newly-wed young woman discovered what he had done he tried to kill her too. She released a homing pigeon with a message, asking her brother for help. Her brother immediately came to rescue her and saved her just as Bluebeard was about to murder her. (There are a few different versions of this story, and in some of the other versions she screamed, instead of using a pigeon, to call for help.)

In Australia, 73 women were officially recorded as the victims killed by violence against women in 2016. In 2015 the number was 86. The actual number of victims might well be far beyond those official statistics. In Australia the Victorian State Government has been vigorously campaigning against violence against women, and it now has a Minister for the Prevention of Family Violence. The Victoria State Government is now supporting various events commemorating the International Day for the Elimination of Violence Against Women. On the evening of November 25 “Bird Girls,” an art exhibition that is one of those events, opened in Melbourne. Its theme is taken from the story Bluebeard. It is held in the Foyer of Hamer Hall at the Melbourne Art Centre and will remain open until December 10.

The exhibition consists of 74 drawings of women with birds, representing 73 officially recorded victims of violence and one woman who symbolizes other unofficially recognized victims. Faceless women seem to symbolize the dehumanization of the victims of male violence, many cases of which are sexual violence.   

The artist is Alisa Noe Tanaka-King, who happens to be our younger daughter. (With her middle name, Noe, Alisa is named after Ito Noe, a Japanese anarchist, social critic, author and feminist, who was very active during the so-called Taisho Democracy period between the early 1910s and ’20s.)

Alisa’s Speech at the Opening of the Exhibition
Detailed information on Alisa’s ‘The Bird Girls’ project is available at the following blog.                    



 

「女性に対する暴力撤廃国際デー」と『<鳥と女性>展覧会』

先日、11月25日は「女性に対する暴力撤廃国際デー」で、12月10日まで世界各地で関連イベントが催されます。韓国のソウルの清渓広場では大規模なキャンドル集会が開かれ、すでに亡くなられている被害者も含め、全ての日本軍性奴隷被害者に女性人権賞が授与されたとのこと。広島でも、昨夕、原爆ドーム東側で日本軍「慰安婦」問題解決ひろしまネットワークが主催するキャンドル・アクションと呼ぶ集会が開かれました。

あらためて言うまでもなく、男による「女性に対する暴力」は過去の問題ではなく、今も文字通り毎日、世界各地で起きています。世界各地で軍事紛争とテロ攻撃が止まない現状と、日常生活における「女性に対する暴力」がますます増加している状況とは、実は深いところで密接に関連しているのではないでしょうか。

日本では、つい最近、27歳の青年が3ヶ月ほどの間に9人(うち8人が若い女性で、もう1人は、それらの女性のうちの1人のボーイフレンド?)を殺害し、解体した屍体をクール・ボックスに入れてアパートに置いていたというショッキングなニュースが報道されました。実は、これに似たような「青髭」と題する、原作はシャルル・ペローによる話が、グリム童話の中にも一時含まれていたことがあります(あまりにもおぞましい話なので、グリム童話集から取り除かれたようですが)。金持ちの「青髭」の男は、何度も結婚していたのですが、その妻たちはみな行方不明。実際には、彼は妻を殺して、死骸を全部、屋敷の地下の小部屋に隠していたのです。そのことを知った新妻も殺されそうになりますが、鳩を飛ばして兄に救いを求めることで助かったというお話です(鳩を飛ばさずに、叫んで救いを求めたとか、この話にはいろいろなバージョンがあるようですが)。

オーストラリアでも、昨年1年間で、公式統計上、73人の女性が男性の暴力の犠牲になって亡くなっています。一昨年は、その数は86名でした。しかし、公式統計に含まれていない犠牲者も多くいますので、実際の犠牲者数はこれよりはるかに多いと思われます。オーストラリアのビクトリア州政府(メルボルンが州都)も、最近は「女性に対する暴力」問題解決のためのキャンペーンにひじょうに力を入れており、州政府には「家庭内暴力担当大臣」もいます。ビクトリア州政府は、「女性に対する暴力撤廃国際デー」のための企画行事の一つとして、一昨夕、The Bird Girls<鳥と女性>展覧会』の開会式を行いました。

この展覧会では、メルボルン市内の芸術センターのヘイマー・コンサート・ホールのロビーに74枚の<鳥と女性>の絵が飾られています。テーマは上記の「青髭」の話からとったもので、73人の女性犠牲者と、その他の不明の犠牲者たちを総合的に象徴する1名の女性、合計74名の女性と、それらの女性に寄り添う様々な鳥が描かれています。ただし、女性には「顔」がありません。(性)暴力の被害女性は、人間的個性を剥奪された存在であるということを意味しているようです。女性の髪型も、昔風なものからパンク調のものまで様々で、時代と階層を超えた「犠牲者」の多様性を表現しているようです。

この絵の作家の名前は Alisa Tanaka-King (田中キング 愛利然)で(ちなみに彼女のミドル・ネームは「Noe (野枝)」で、彼女の父親が「伊藤野枝」からもらってつけました)で、偶然にもその父親とはこの私です(笑)。メルボルンまでこれらの絵を見に来ていただければ本人にとってはとても光栄なことと思いますが、それは無理ですので、お時間があるときにでも彼女のこのプロジェクトのブログを観ていただければ、決して無関係でない私としても嬉しいです。
The Bird Girls







2017年11月19日日曜日

Publications 出版報告


1)Hidden Horrors: Japanese War Crimes in World War II  Second Edition
日本軍が主として南西太平洋各地で犯した戦争犯罪諸例を分析した1996年出版の拙著 Hidden Horrors の改訂増補版。ジョン・ダワーによる「前書き」も一新。 
2)拙訳 ジョン・ダワー著『アメリカ 暴力の世紀:第二次大戦以降の戦争とテロ』(岩波書店) Japanese edition of John Dower’s new book The Violent American Century: War and Terror Since World War II (Dispatch Books)

1) Hidden Horrors: Japanese War Crimes in World War II  Second Edition
with Foreword by John Dower.


https://rowman.com/ISBN/9781538102701/Hidden-Horrors-Japanese-War-Crimes-in-World-War-II-Second-Edition
This landmark book documents little-known wartime Japanese atrocities during World War II. Yuki Tanaka’s case studies, still remarkably original and significant, include cannibalism; the slaughter and starvation of prisoners of war; the rape, enforced prostitution, and murder of noncombatants; and biological warfare experiments. The author describes how desperate Japanese soldiers consumed the flesh of their own comrades killed in fighting as well as that of Australians, Pakistanis, and Indians. He traces the fate of sixty-five shipwrecked Australian nurses and British soldiers who were shot or stabbed to death by their captors. Another thirty-two nurses were captured and sent to Sumatra to become “comfort women”—sex slaves for Japanese soldiers. Tanaka recounts how thousands of Australian and British POWs were massacred in the infamous Sandakan camp in the Borneo jungle in 1945, while those who survived were forced to endure a tortuous 160-mile march on which anyone who dropped out of line was immediately shot. This new edition also includes a powerful chapter on the island of Nauru, where thirty-nine leprosy patients were killed and thousands of Naurans were ill-treated and forced to leave their homes. Without denying individual and national responsibility, the author explores individual atrocities in their broader social, psychological, and institutional milieu and places Japanese behavior during the war in the broader context of the dehumanization of men at war. In his substantially revised conclusion, Tanaka brings in significant new interpretations to explain why Japanese imperial forces were so brutal, tracing the historical processes that created such a unique military structure and ideology. Finally, he investigates why a strong awareness of their collective responsibility for wartime atrocities has been and still is lacking among the Japanese.

2)拙訳 ジョン・ダワー著『アメリカ 暴力の世紀:第二次大戦以降の戦争とテロ』(岩波書店)
本書の内容

第二次大および冷の覇者、アメリカ.そのアメリカは、どのような緯で現在の世界の混沌を生み出してしまったのか。敗北を抱きしめての著者があらたに取り組む、アメリカの暴力の歴史・軍事をめぐる歴史とテロなどの不安定の連鎖大の現について、簡潔に、かつ深く洞察した待望の書。トランプ時代を危惧する日本語版序文を付す。

「訳者後書き」からの抜粋

ここで描かれているのは、戦後これまでの70年以上にわたる「パックス・アメリカーナ(アメリカの支配による平和)」の追求が、実は、「平和の破壊」をもたらす連続であったということ。すなわち、「暴力的支配」が産み出す「平和の破壊」を、「支配による平和」に変えようとさらなる「暴力」で対処することによって、皮肉にも、「暴力」の強化と拡大を「戦争文化国家」である米国が、世界中で、繰り返し、悪循環的に産み続けてきたという事実である。現在のひじょうに不安定な世界状況が、いかなる過程を経て発生し、発展してきているのかが簡潔明瞭に理解できる分析となっている。

日本は、このようなアメリカに自国を軍事的にますます従属させるために、このわずか数年の間に、特定秘密保護法の導入、集団的自衛権行使容認閣議決定、明らかに憲法違反である新安保法制導入、沖縄米軍辺野古新基地の強権的な建設、原子力空母ロナルド・レーガンを中心とする第5空母航空団の岩国への移転、戦前・ 戦中の「治安維持法」なみの悪法である「共謀罪法」の制定などを、次々と推し進めてきた。さらには、北朝鮮攻撃を視野に入れた巡航ミサイル導入の計画や、最終的には憲法九条破棄を目指すスケジュールをも今や具体的に進めつつある。かくして、日本市民は米国の「グローバル・テロ戦争」へとますます深く引きずり込まれつつあり、日本社会もまた「戦争文化国家」への道を急速に進みつつある。このような危機的な時期であるからこそ、ダワーのこの著書『アメリカ 暴力の世紀』を、我々自身を見つめる鏡として熟読すべきであろう。